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階数偽装に最後通告の「赤紙」
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コストコ事故で構造設計者に逆転無罪
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「地震で不同沈下」通らず積水ハウス敗訴
追跡 熊本大地震 2000年木造基準は「有効」
坑未達マンションで全棟建て替えを決議
追跡 熊本大地震 新耐震なぜ倒壊?変わる家づくり
杭未達マンションで建基法違反を特定
イタリア中部地震で再建計画
台風10号豪雨、高齢者施設で9人死亡
追跡 熊本大地震 既存住宅の耐震化に重点
「ビフォーアフター」で紛争 施工者が「匠」らを提訴
国が民間工事の品質確保で指針
【追跡 熊本大震災】木造倒壊率は阪神上回る
【追跡 熊本大震災】避難所設備には優先順位を
杭未達マンション、「震度5強で損傷も」
【追跡 熊本大震災】学校の避難所利用へ対策検討
造成地沈下は降雨に弱い土質が原因
【追跡 熊本大震災】地域係数と建物被害の関係を検証
三井不レジが杭偽装問題で再発防止策
コア抜きの手順守らず鉄筋切断
【追跡 熊本大震災】揺らぐ木造住宅の耐震性 建築基準法の見直しが焦点に
【追跡 熊本大震災】震度7で分かれた事業拠点の明と暗
売却地に石綿残留で56億円賠償命令
「震度7」連鎖の警鐘 波状的地震が突き付けた建築の課題
緊急現地報告 熊本大地震 相次ぐ余震で広がる街の傷跡
名古屋市の“億ション”で施工不良
「建築条件付き」の不適正契約で処分
天井改修直後に吹付け材が剥落
施工不良マンションで全棟建て替えの連鎖
地震被害で構造設計者に有罪判決
台湾南部地震 繰り返された集集大地震の惨劇
台湾南部地震で16階建て住宅倒壊
不適正な手続きで静岡市が設計見直し
杭偽装の再発防止へ施工ルールを告示化
超鉄骨溶接不良で三井住友建設を提訴
超高層と免震ビルの耐震基準を強化
JR神戸線の新駅工事で足場倒壊




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Special Feature 特集 熊本大地震 「震度7」連鎖の警鐘 波状的地震が突き付けた建築の課題
 「震度7」の揺れを2度記録した熊本地震。その被害状況が次第に明らかになってきた。 4月27日時点で判明した死者は49人、住宅被害は1万棟を超えた。 被災地では、比較的新しい木造家屋でも倒壊が多発。 鉄筋コンクリート造の建物が潰れ、高層ビルからは非構造部材が落下した。 庁舎や学校、病院など仕様不能になった災害拠点施設も多く、混乱が続いた。 頻発する余震に不安を抱く被災者は車中泊を余儀なくされ、救援物資の集配も滞った。 被災地で集めた写真などをもとに、専門家や施設関係者を取材。 「波状的地震」が突き付けた都市と建築の課題を探った。(熊本地震取材班)



建物被害の全貌

災害拠点の被害
 熊本地震では、災害拠点となる公共施設の多くが機能不全に陥った。司令塔となるはずの庁舎があえなく使用不能となった。避難所は不足し、救援物資は届かない。想定していなかった被害に、対応は後手に回った。

 益城町では災害対策本部を置いた町役場庁舎が本震で大きく損傷し、機能不全に陥った。
 町役場庁舎はRC造・3階建てで、数年前に外付けフレームによる耐震改修を終えていた。しかし4月16日の本震で周辺地盤が陥没したほか、外付けフレームに接続する梁にせん断ひび割れが入った。災害対策本部は益城町保健福祉センターに移転。お年寄りや障害者のための福祉避難所に指定されていた同センターには既に多くの避難者が押し寄せており、現場は混乱を極めた。
 益城町では避難所の不足が深刻だ。熊本県の大型展示場「グランメッセ熊本」は町の指定避難所ではないが、14日の前震の翌朝、安全な場所で車内泊をするため多くの住民が屋外駐車場に避難してきた。県は施設屋内の被害が少なかった部屋を避難所として開放した。だが16日未明の本震で建物が損傷。屋根下の採光用ガラスが約50mの範囲で割れたほか、天井が落下するなどの被害が出た。16日に施設自体は避難所の指定解除を受けたが、避難者の多くは屋外の駐車場に残った。
 指定避難所である益城町総合体育館も、メーンアリーナで一部の吊り天井や照明が落下して使用不可となった。それでも多くの避難者がアリーナ外のエントランスや廊下に段ボールを敷いて生活していた。  熊本市内でも、地震の避難所に指定されていた小中学校の体育館で、136校のうち、損傷が激しい24校の体育館が使用禁止となった。その1つが市立帯山小学校だ。鉄骨造で築46年の体育館では、16日の本震で天井に取り付けてあった一部の水平ブレースが外れた。避難所として使うのは危険だとして、避難者には校舎棟に移ってもらった。
 RC造・地上8階建ての熊本市民病院では、旧耐震基準で建てられた病棟の壁や柱に多数のひび割れが発生。外壁の一部が剥落した衝撃で1階受付近くの天井も落下した。厚生労働省は16日、建物倒壊の恐れがあるとして310人の入院患者すべてを他の病院に搬送すると決めた。
 耐震工学が専門の壁谷澤寿一・首都大学東京准教授は、「現行の耐震基準は、地震発生時に倒壊を防ぎ、人命を守ることは確保するものだ。避難所指定を受けた建物ではその後、継続的に使えるかどうかも問題となる。公共施設にはもう少しレベルの高い基準も必要だろう」と話す。

 熊本地震では救援物資の集配などの問題も浮かび上がった。支援部隊の活動拠点を想定したパークドーム熊本が被災。同施設は、県が広域防災拠点として位置付ける県民総合運動公園(熊本市東区)にある。グラウンドを覆う膜屋根の外膜が被れたほか、上部に取り付けられた吸音材が支持棒とともに落下した。  そこで隣接する陸上競技場で全国から届いた救援物資をいったん集め、市内各区の避難所に送ることになった。陸上競技場にはトラックが多い日には1日90台も往来し、荷卸しが間に合わなくなった。熊本地震では広いグラウンドや駐車場を持つ場所に自然と人が集まり、事実上の避難所になったケースが多い。指定外の避難所への救援物資はなかなか届かないという問題が生じた。


木造の被害
 震度7の揺れを前震と本震の2度観測した熊本県益城町は、前震の段階で一部の地域に大きな被害が発生していたが、本震でその様子がガラリと変わった。比餃的新しい木造住宅の被害も複数発生した。

 「前震後と本震後で、町の様子がガラリと変わった。前震の揺れでは少し傾きながらも自立していたが、本震の揺れでペちゃんこになった住宅がたくさんある」。益城町の住民はこう話す。
 益城町は熊本市の中心部から東へ約9km離れたベッドタウンだ。前震が発生した段階での益城町内の住宅被害は、惣領地区から木山地区までの県道28号と秋津川に挟まれたエリアに集中していた。本震後は被害がこのエリア内で増大しただけでなく、町全体に拡大した。町内で実施している応急危険度判定で、建物内に立ち入ることが「危険」と判定されたのは2652棟、「要注意」は1636棟で、調査数の8割弱に及ぶ(4月25日時点)。
 例えば、惣領地区に立つ住宅は、前震後に目視で確認した被告はモルタルの剥がれ程度だったが、本案後は1階が崩壊していた。別の地区では、前震で耐えた家に戻ったところに本震が起こり、1階が潰れて死亡した人もいる。
 上階に下階が潰される壊れ方は、被災地の木造住宅で目立った壊れ方の1つだ。現地を調査した京都大学大学院の林康裕教授は、「活断層による内陸直下型地震の特徴である、継続時間が短く振幅が大きい揺れを受けたときに多い壊れ方だ。阪神大震災や新潟県中越地震でも顕著だった。このタイプの強い揺れは、日本のどこでも発生する可能性がある」と話す。
 木山地区に建つ住宅兼教会は、前震の揺れを受けて1階の左側が潰れ、棟が左右に分離した。この段階で1階の右側に住民が閉じ込められたが、崩壊せず自立していたので救出されたという。本震の揺れで左側が右側にぶつかり、右側が傾いた。
 益城町で前震後と本震後を調査した建築研究所材料研究グループの槌本敬大上席研究員は、「今自立している住宅も次の揺れで大きな被害が生じる可能性があるので、損傷の有無を調べる必要がある」と話す。
 林教授は、「相当強い地震動だったので、一撃だけで現在の被害が生じている可能性もある。震度7クラスの揺れを2回受けた影響については、慎重な調査が必要だ」と言う。

 益城町で観測した前震と本震の地震動は、現在の建築基準法が想定している地震動を上回る。1981年より前に建てられた旧耐震基準の住宅が被害を受ける可能性は高いが、81年の新耐震基準導入以降の住宅の被害も少なくない。
 記者は木造住宅の耐震に詳しい実務者の現地調査に同行。耐震研究会(東京都世田谷区)の保坂貴司代表理事と金井工務店(埼玉県川口市)の金井義雄代表、安田工業(東京都千代田区)の佐藤茂雄課長代理の意見をもとに、新耐震基準導入以降かどうかを推察しながら被害状況を調べて回った。
 馬水地区に立つ住宅は、本震で隣の住宅が倒れた影響で外壁の一部が傷付いたが、そのほかの被害は外観上確認できなかった。住民によると、完成は2015年だ。現行の建基法の耐震基準を満たしている可能性が高い。
 その向かいに立つ住宅は、サイディングの留め付け金物などから84年以降に建てられたと考えられる。ツーバイフォー工法用の部材が見られたが、同工法としては正しく施工されていなかった。
 この住宅の外壁には、以前は接続していたと思われる母屋の跡が残されていた。住宅の横には、旧耐震基準と思われる在来軸組み工法の住宅が倒壊していた。
 保坂氏と金井氏は、「旧耐震基準の母屋にじかに増築したことで、増築部に地震の揺れを受けた重い母屋がもたれ掛かり、耐えられなくなって倒壊したようだ」とみる。
 新耐震基準導入以降と考えられる在来軸組み工法の住宅でも、前震の揺れを受けて1階が潰れたケースがあった。例えば安永地区に建つ2階建てアパートだ。45×90mmの断面の筋交いや透湿防水シートが使用されていたことなどから、新耐震基準導入以降と推察される。アパートの隅柱には金物が確認できず、柱が抜けたり折れたりしていた。高さ約2mのブロック積み擁壁も崩れていた。接合部の強度不足と擁壁の崩れが、建物の倒壊を招いた可能性がある。
 寺迫地区には、接合金物の使用が確認されたものの倒壊した住宅もあった。山形プレートなどが仕様書通り取り付けられていたが、隅柱にホールダウン金物(2000年に義務化)は見つからなかったことなどから、新耐震基準導入以降で00年より前の住宅と推察される。
 前震発生前の写真を見ると、通り側の1階に掃き出し窓とサンルームが設置されていた。通り側の耐力壁が少ないことが大きな変形を招き、土台の割裂に及んだ可能性がある。

 地盤に起因する被害も目立った。益城町は秋津川沿いに低地が広がり、そこから北に向かって地盤が徐々に傾斜して高台に至る。
 被災地の宅地と住宅の被害を調査した地盤ネット(東京都中央区)技術本部の横山芳春副本部長は、「比較的新しい住宅の被害は、地盤の良い高台ではあまり見かけず、地盤の悪い傾斜地や低地に多かった」と話す。地震の揺れを軟弱な地盤が増幅したり、地盤自体が崩れたりした影響が考えられる。
 寺迫地区の川沿いでは、液状化が発生した影響で住宅が不同沈下した。築4年の在来軸組み工法の住宅は、勝手口側に8cm傾いている。スウェーデンサウンディング試験で地盤改良が不要と判定された土地だった。

専門家に聞く
槌本敬大 建築研究所材料研究グループ上席研究員
土ぶき瓦の落下被害が目立つ

 前震の揺れである程度損傷した木造住宅が、本震の揺れを受けたことで、倒壊に至ったものが多数あった。大きな揺れを2度受けると倒壊する場合があることは、過去の振動台実験で知られていた。今自立している住宅も次の揺れで大きな被害が生じる可能性があるので、損傷の有無を調べる必要がある。 比較的新しいと思われる住宅は、同じ地震動を受けたにもかかわらず被害に大小の差が生じていた。新しく見えるのに倒壊している住宅は、過去の地震と比べて多い印象だ。 特に目立ったのは、この地方に多く残る、古い土ぶきの瓦が落ちる被害だ。1階ではなく2階が損傷するという珍しい被害もあった。軟弱地盤による揺れの増幅が、被害を生じさせた例も多数見つかった。益城町で観測された地震動は東西方向が強かったのに、建物がばらばらの方向に傾いていたのは、軟弱地盤の影響だと思う。 建築基準法が求めているのは、ごくまれに起こる地震の揺れを受けたとき、倒壊を免れるとこ。損傷は許容している。こうした地震は1つの想定に過ぎない。今回のように想定を超える地震は、繰り返し起こっている。(談)




















RC造の被害
 熊本地震では、鉄筋コンクリート(RC)造の建物も被害が多発した。旧耐震基準で建てられた建物の層崩壊が目立ったが、新耐震基準の建物が安全とはいえない。マンションでは非構造部材が損傷する被害が相次いだ。

 熊本市都市建設局都市政策部建築指導課の原和義課長は4月21日、本誌の取材に応じ、「16日から応急危険度判定の申請を受け付けているが、戸建て住宅よりマンションの損傷がひどいようで、受付開始時から依頼が殺到している。ひび割れが多く生じているようだ」と語った。
「建物が割れた」という住民のSNS(交流サイト)への投稿から話題になったのが熊本市中央区にある13階建てのマンションだ。4月14日の前震で、北棟と南棟をつなぐ各階の渡り廊下に設けられたエキスパンションジョイントが損傷し、渡り廊下の袖壁が外れて宙吊りになった。
 耐震工学を専門とする首都大学東京の壁谷澤寿一准教授は、「変形が大きくなる上層階ほど、2棟の部材は大きく干渉する。部材の落下を防ぐには、部材のかかりしろをどの程度取ればよいのかを検討していく必要がある」と話す。
 熊本駅近くに立つRC造・14階建てのマンションでは、外壁に多数のクラックが入り、破片が駐車場に止まっていた車を直撃。フロントガラスが割れた。
 壁谷澤准教授は、「新耐震基準での保有水平耐力計算は部材の変形を直接考慮したものではない。設計を最低基準に合わせて柱を細くすれば、当然変形が生じやすくなる。ひび割れを防ぐには、構造スリットを適宜設けるなどの工夫が必要だ」と話す。
 熊本市内では1981年以前の旧耐震基準で建てられたピロティ形式の建物で、1階が層崩壊したケースも目立った。
 例えば熊本市西区に立つ、RC造・9階建てのマンションは、駐車場となっている1階ピロティの柱がせん断破壊を起こして崩壊した。竣工は1974年。壁谷澤准教授は「ピロティの弱さに加え、柱と壁の配置による偏心の影響も無視できない」とみる。このマンションは平面形がL字形で、外側が壁により固められ、内側が柱で支えられていた。「地震力が働くと、外側より柔らかな内側に向かってねじれの軸力が働く。9階建てと高層なので、この軸力はより大きく働いたと考えられる」と話す。
 熊本市東区に立つ4階建てのビルも、1階の隅柱がせん断破壊を起こし、鉄筋がむき出しの状態となっていた。交差点の角に立つこの建物も、偏心したピロティ形式だった。
 壁谷澤准教授は、「ピロティ形式を持つ建物は、阪神・淡路大震災でその多くが崩壊して以来、もろいと指摘され続けてきた。旧耐震基準で建てられたものは、適切な補修を急ぐベきだ」と話す。
 健軍商店街のアーケードに面して立つスーパーも倒壊した。入り口付近のエスカレーターのある吹き抜け空間を支えていた柱が崩壊して建物全体が商店街側に倒れ込み、アーケードを支える鉄柱が曲がった。  熊本地震ではこのほか、地盤に起因する被害も見られた。例えば益城町の高台に立つ益城町文化会館は、建物の一部が沈み込み、エントランス広場も舗装がひび割れて使用できなくなっている。耐震化には地盤対策も忘れてはならない。

専門家に聞く
田尻清太郎 東京大学建築学専攻准教授
本震で一気に破壊進んだ
 RC造建物の被害状況を調査するために、壁谷澤さんたち4人と現地へ向かった。熊本市に到着したのが4月16日の午後2時半。被害は予想以上だった。
 対象地は、被害の報道が多かった熊本市、宇土市、益城町の3地域。車で向かう道中でも、層崩壊した建物や倒壊寸前の建物が散見されたので、今後、広範囲で調査が進めば、被害の大きさが明らかになるだろう。
 益城町にある中学校では、校舎に大きな損傷はなく、敷地外からはあまり被害がないように見えた。ただ中に入ると、2棟の校舎をつなぐRC造・2階建の渡り廊下棟が倒れる寸前で、1階を支える長柱の柱頭柱脚で曲げ破壊が生じ、傾斜角は5分の1程度になっていた。学校長に聞くと、前震でエキスパンションジョイントが外れ、本震で一気に傾いたという。
 ほかに被災した学校や病院などの利用者にも聞いたところ、前震の影響は軽微だったが、本震で被害が拡大したという声が多かった。1度大きく建物が揺れ、その後さらに大きな揺れに襲われて致命的な被害を受ける可能性はある。だが個人的な見解では、本震1回の揺れが大きかったために壊れたという印象が強い。

 熊本はこれまで大きな地震がなかった地域なので、築40~50年の古い建物が比較的残っていた。崩壊した柱を見ると主筋、帯筋とも丸鋼を使用しているケースもあり、地震で被害を受けたのは旧耐震のなかでも特に古い建物が多かったように思う。
 被害の傾向は、過去に東北などで起こった大地震と似ている。ピロティの崩壊や、偏心の影響で傾いた建物が多い。一方、耐震補強済みの学校では補強ブレースが座屈して建物が無事で済んだ例もあり、地震対策は一定の効果を発揮したようだ。(談)





























熊本城の被害
 熊本県内は文化財など観光拠点の被害も甚大だ。年間180万人近くが訪れる熊本城では天守のほか、国の重要文化財に指定されている13件全てで被害を確認。詳細調査はこれからで、観光への影響は避けられない状況だ。

 日本三名城の1つで熊本県を代表する観光地の熊本城では、1960年に鉄筋コンクリート(RC)造で復元した大小の天守の被害が4月16日の本震で拡大した。なかでも大天守は最上層の屋根が茶色に見えるほど瓦の落下が進んだうえ、熊本市熊本城総合事務所によると、天守台の石垣の一部が崩壊した影響で小天守側に傾斜している疑いがある。
 天守は、大天守と小天守の連結式で、往時の外観だけを復元し、内部は博物館としている。天守が復元された当時の建築基準法の耐震基準は、現行の基準に比べると強度が低い。市は天守の耐震改修を検討していたが、未着手の状態で今回の地震に遭った。内部の柱や梁など、被災状況の詳細は、今後の調査を待つことになる。

 熊本城の城内で、国の重要文化財(重文)に指定されている13件の建造物の半数近くが倒壊した。同城を特徴づける壮大な石垣も50カ所以上で崩壊し、その影響で戦後に復元された建造物にも被害が生じた。石垣は上に行くにしたがって勾配がきつくなる構造で、武者返しと呼ばれ、ほぼ建設当時の姿をとどめていた。
 熊本城に残る重文は、安土桃山時代から江戸時代にかけて築かれた11棟の櫓、1棟の櫓門、1カ所の塀だ。最初に大きな被害を受けたのは「長塀」で、4月14日の前震の際に東半分が約100mにわたって倒壊した。さらに本震では、「東十八間櫓」「北十八間櫓」と櫓門の「不開門」が倒壊。現存する最大の建造物である「宇土櫓」でも続櫓が壊れた。
 倒壊した東十八間櫓の部材は、基礎の石垣とともに隣接する熊本大神宮の境内に落下して社殿を損壊させた。倒壊を免れた重文の櫓でも、外壁の漆喰が剥離している。
 熊本城には重文の建造物やRC造の天守のほかに、市が1998年度以降に復元整備計画に沿って木造で復元した建造物も数多く立っている。これらの建造物の被害は比較的軽微だが、大天守と同様に基礎の石垣の崩壊で影響を受けている。
 文化庁は4月22日、熊本城に調査官5人を派遣し、城内の文化財や史跡の被災状況を確認。熊本城の修理としては過去最大規模になる見通しを示した。それに先立つ19日、日本財団(笹川陽平会長)は、熊本地震の第一弾の支援策を発表。熊本城の再建に対しては30億円を支援することを明らかにしている。
 熊本市内では、県内で現存最古の西洋建築として県指定の重文となっていた「ジェーンズ邸」が本震で全壊。阿蘇市では、国指定の重文である阿蘇神社楼門も倒壊した。




地震動の特徴

政府が激甚災害に指定した熊本地震には幾つかの特徴がある。2度の震度7を観測した強い揺れ。波状的に発生する大きな余震。震源は広域に広がった。2つの断層帯で連鎖した地震は、建築設計に新たな課題を突き付ける。

 熊本地震は、断層面が水平方向にずれて発生する、横ずれ断層型の内陸地殻内地震だ。右の2点の写真は、そのエネルギーの大きさを物語る。地震発生時に、断層のずれが地表まで到達した「地表地震断層」が写っている。
 断層のずれによって、建物と敷地境界線上のフェンスの位置関係が変わったり、本来は直線でつながっているはずの道路の白線が40cm程度ずれたりしている。
 熊本地震の現地調査に当たった産業技術総合研究所の活断層・火山研究部門緊急調査隊も、地表に現れたとみられる活断層のずれを熊本県益城町付近で確認。大きいところでは約2mのずれがあった、と報告している。
 こうした横ずれ断層型の地震は、どのようなメカニズムで発生したのか。東京大学地震研究所教授で、日本地震学会の加藤照之会長は、4月18日に東京都内で開かれた防災学術連携体の記者会見で、次のように説明した。 「九州は北方でフィリピン海プレートが押し寄せる力がかかっている。南方は、沖縄トラフが拡大する力で南南東に引きずられている。東西の圧縮と南北の伸長によって、斜行するように横ずれ断層が生じて、地震が発生した」

 熊本地震の特徴としてはまず、震度7の地震が2回発生したことが挙げられる。4月14日午後9時26分には、日奈久断層帯の北東、熊本地方を震源として、マグニチュード(M)6.5の地震が発生した。益城町では、最大加速度が1580ガル(cm/秒2)だった。4月16日午前1時25分には、布田川断層帯が日奈久断層帯と交わる付近、同じく熊本地方を震源として、14日の地震を上回るM7.3の地震が発生した。益城町での最大加速度は1362ガル。
 東京大学地震研究所の纐纈一起教授は、「14日に日奈久断層帯で発生した地震が、隣接する布田川断層帯に影響を及ぼし、さらに大きい地震を引き起こしたのだろう。(地震の連鎖は)恐らく地震観測史上初であり、本震が2回発生したと言ってよいのではないか」と話す。
 大きな余震が間隔を置かず、頻繁に発生したことも熊本地震の特徴だ。気象庁によると、4月26日午後1時30分時点では、M3.5以上の地震が213回発生している。東日本大震災など近年の大規模な地震と比べても、12日間で213回という発生頻度は突出しており、発生頻度の高かった2004年の新潟県中越地震を上回る。

 震源は、時間の経過に伴って北東および南西に移動し、広範囲に及んだ。4月16日には、震度7を記録した14日の前震の震源から80km以上離れた大分県中部でM5.4、震度5弱の地震が発生した。ある活断層で発生した地震が他の活断層に影響を与えるという、地震の連鎖を指摘する専門家も少なくない。日本列島を縦断する断層帯「中央構造線」への連動を懸念する声も上がっている。
 建物被害が大きかったのはなぜか。その理由として多くの専門家が、揺れの周期を挙げる。どのような固有周期を持つ建物に、地震動の影響が大きいかを示す速度応答スペクトルを見ると、前震では周期0.6秒、本震では0.9秒がピークだ。
 この点について、1995年の阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震との共通点を指摘する声は多い。東京大学地震研究所の古村孝志教授は、「熊本地震では兵庫県南部地震と同様に、周期1~2秒の成分が強く含まれていた」と説明する。この周期の成分が強い揺れは、木造家屋の倒壊を引き起こすと考えられている。

 熊本地震の本震の揺れは、秒速3km程度で四国や本州にも広がった。長周期地震動も、大分市や大阪市、東京都江東区など、熊本県外の広域で観測された。4月16日の本震発生時には熊本県宇城市で観測史上初めて、長周期地震動の大きさを示す階級で最も大きい階級4を記録した。
 長周期地震動というと、03年十勝沖地震が広く知られている。長周期地震動に共振した北海道苫小牧市の石油タンクで、スロッシング現象による火災が発生したのだ。
 全国で観測された長周期地震動の速度応答スペクトルを見ると、熊本県阿蘇市一の宮町での長周期地震動には、広い周期帯で十勝沖地震の苫小牧市で観測された長周期地震動を上回る強い速度応答が確認された。
 ただし、地震動の継続時間は30秒程度。03年に苫小牧市で観測された長周期地震動では数分間の継続時間が観測された。東京大学地震研究所によると、これに比べれば構造物に与える影響は比較的小さいと考えられるという。

専門家に聞く
境有紀氏 筑波大学システム情報工学研究科教授
本振動は前振の1.6倍の破壊力
 「4月16日に発生した本震は、14日の前震の1.6~1.7倍の破壊力がある地震だった。東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震の約5倍、阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震の7割程度の破壊力だった」。筑波大学システム情報工学研究科の境有紀教授は16日、防災科学技術研究所が公表した「KiK-net益城」の記録を分析。こうした見解を示した。
 木造住宅の崩壊につながりやすいとされるのは、周期が1~2秒の加速度応答の値が高い場合だ。KiK-net益城で観測された加速度応答を過去の主な地震と比較したところ、周期が1秒の加速度応答は2011年の東日本大震災では0.5G程度(宮城県栗原市)。それに対して熊本地震の本震では、2.5G程度に達している(熊本県益城町)。約5倍の開きがある。
 同じ震度7を記録した地震であるにもかかわらず、熊本地震の方が東日本大震災より地震動による建物の被害が大きいのは、こうした理由によると考えられる。





















専門家が警鐘

 熊本地震の発災翌日の4月15日、耐震工学の第一人着である和田章・東京工業大学名誉教授が被災地に入った。建物被害から得られる教訓は何か。和田名誉教授の現地調査リポートを掲載する。(本誌)

和田章
防災学術連携体代表幹事、東京工業大学名誉教授、日本免震構造協会会長、元・日本建築学会会長

1.地震災害と建築の崩落
 熊本地震を受け、多くの建築が壊れた。49人もの貴重な命が奪われ、最大11万人を超える人々が避難生活を余儀なくされた。建築の耐震性向上を研究課題にしてきた者の一人として、努力が全国に行き渡っていなかったことを不甲斐なく思う。
 次には仮設住宅が必要になるが、普段の平穏な生活は建築で支えられていることを再認識する。建築は衣食住の1つであり、人が生きていくための器であり、地震災害を本気で減じようとするなら、建築を壊れなくすることが最も重要である。
 建物全体の重量を計算して総床面積で除すると、単位床面積当たりの建築重量が求まる。1㎡当たりの建築重量は、木造で約350kg、鉄骨造で約650kg、鉄筋コンクリート造で約1200kgとなる。建築はこれら重量と構造体の剛性によって中に暮らす人々の安定した生活・活動やプライバシーを守っているとも言える。
 80㎡の総2階建て木造住宅の場合、1階の人の上には28トンの重量があり、鉄筋コンクリート構造の10階建てのマンション(80㎡)の1階の上には960トンの重量があることになる。木造では大型トラックの下、マンションでは10台の蒸気機関車(D51は100トン/台)の下に住んでいるのと同じである。簡単な計算の結果、とんでもない重量の下で人々が生活し活動していることが分かる。
 人々の命を守るためには、大きな地震を受けても建物が崩落することだけは避けねばならない。1981年に改正された我が国の耐震基準では、人命を守るために建物の崩壊を避けることを強く主張している。

2.熊本県の耐震基準
 最近50年の経験では、熊本県に大きな地震は起こっていないように感じる。建築基準法による地域係数は、東京や大阪を1.0として、福岡県、佐賀県、長崎県、鹿児島県が0.8とされているなかで、熊本県の大半は0.9と決められ、九州の中では地震危険度の高い地域とされている。
 ただ、この度の熊本地震の本震の観測結果から計算した地震動の破壊力は、1995年兵庫県南部地震と同等であり、実際に起こる地震動の力が東京や大阪に比べて小さいわけではない。大地震の起こる頻度が低いだけである。頻度が低いからといって、相対的に弱い建築を建てても良いのか、疑問が残る。
 米国・カリフォルニア州では断層の領域に建設禁止地域があり、断層の近傍では距離に応じて設計条件を厳しくするnear fault factor(断層近傍係数)を設けている。我が国には認知できていない断層もあり、国土が十分に広くないので難しいが、取り入れるべき考えである。

3.木造1階が壊れやすいことは分かっている。全国民で対策を
 熊本地震では多くの古い木造が崩落したうえ、必ずしも古くなく構造計算を必要としない木造の4号建築物も崩落してしまい、耐震性確保の努力が足りなかったことが残念である。我が国の過去の地震(1995年兵庫県南部地震、2004年新潟県中越地震、2007年能登半島地震、2007年新潟県中越沖地震など)でも、2階建ての木造は多く倒壊・崩落している。 1階には大きな部屋が設けられやすく、特に南側は開放的につくるため筋交いや合板を利用した壁が設けられにくい。街道沿いの商業木造建築は街道に沿った面に壁が設けられない。1階の剛性や強度は不十分なだけでなく平面的に偏りやすい。
 一方、2階には細かく分かれた部屋が設けられ、筋交いや合板による壁が多く配置されることが多い。さらに2階の柱と壁は屋根しか支えていないが、1階の柱と壁は屋根と2階を支える中ら、1階は2階より丈夫につくらねばならない。「各階の弱さ」は背負っている重量と壁の量の関係で決まるから1階に被害が集中しやすい。
 日本は地震国である。昨日まで大丈夫だったからといっても明日は分からない。全国の人々にお願いがある。大きな2枚の画用紙に2.5cmグリッドを書き、これを半間(91cm)として、1階と2階の平面図を措き、柱の位置に黒丸を措き、筋交いや合板の壁、土壁の部分を赤鉛筆で太く描き入れ、家族皆でよく見てほしい。東西方向と南北方向に分けて、平面的にバランスは良いか、2階より1階は丈夫と思えるかなど真剣に議論してはしい。市町村のウェブサイトで耐震診断への手引きの案内をしているはずである。ぜひ進んで相談してはしい。

4.建築内の避難路、家具の転倒などへの注意を
 柱・梁・壁などの主体構造は壊れなくても、その他の二次的な構造材の壁や天井などが壊れた建築もある。L字型に配置されたマンションの場合、エキスパンションジョイントを設けるが、つなぎの廊下のコンクリートスラブは構造部材として十分な隙間を開けて金属で覆うが、袖壁は二次的部材とされ、5cmほどの隙間しか設けておらず、袖壁同士が衝突して大きく壊れた。設計上の配慮が足りていなかったことが残念である。この度も、外壁、天井など二次的部材を軽視できない例が多発した。
 建築が壊れなくても内部の揺れは上層階ほど大きく、壁に固定していない家具は容易に倒れ、家具の上部に置かれたものは容易に落ちる。熊本地震でも多くの人々が病院に運ばれたが、重たいものは高い所に置かないなど事前の対策が必須である。

5.波状的に襲う大地震
 熊本地震は4月14日夜に始まり、その後何度も余震があり、16日未明に本震が起こり、さらに次の地震が続いている。このように波状的に襲ってくる地震動は、通常の耐震設計上では考慮されていない。通常では新しい建築に1回の大きな地震動が襲う場合しか考えていない。
 このたびの波状的地震は、地盤の破壊を拡大し、壊れかけた木造建築の破壊に影響を与えた。鉄筋コンクリート構造、鋼構造においても構造的被害が拡大する可能性がある。
 建築には人が住んでいるから、1度目の地震の後、人は損傷度を知らずに戻ってしまう。応急危険度判定は間に合わない。

6偏頼を失った建築構造
 人々は壊れる建築を怖がり、避難所や単に逃げている。某病院では大きく揺れた後、事前の耐震診断の数値が悪かったこともあり、使えそうな病院から入院患者全員を別の病院に搬送した。耐震性の低い既存建築の耐震性向上は経済的に難しいことがあっても必ず進めねばならない。
 我が国の研究者・技術者は、1968年十勝沖地震、1978年宮城県沖地震、1995年兵庫県南部地震などの大きな痛手を受け、諸外国との技術交流もあり、この50年間に耐震技術を向上させてきた。これらの研究成果として免震構造や制振構造があり、国内外で1990年ごろから多くの建築に使われている。
 熊本市にも免震構造が22棟ある。4月15日に熊本大学の病院を訪ねて看護婦に伺ったが、免震構造であることをご存知で、地震後に何事もなく普段の医療を続けることができたと喜ばれた。大きな自然災害に途方に暮れることなく、より良い技術を開発し健全に普及しなければならない。




ソース :
日経アーキテクチュア 2016_5-12
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